ゲンジツ


真夏の太陽にくらむ、視界。
視線を下ろせば、黒い影が揺れる。短く濃い夏の影。
このまま影のように、気づかれずに消えたいなん て、どこか自嘲的に考えた。
融けていくアスファルトの匂いが、鼻につく。
太陽に、憎ささえ覚えていく。

汚れている自分に、その光は強すぎて。
焦がされて、いく。
償えとでも言うかのように、その影の中に埋もれていくかのように。
じわり、と汗が影の中に落ちた。

耳に届くのは、煩く響く蝉の声、涼しげに微かに響く風鈴。

太陽は、真っ直、自分を見下ろす。

頬を伝う汗。額から流れるそれは、視界も阻もうとする。
見ることが叶わぬ、太陽。
見ることを許されぬ、俺。

あの人が太陽のようだと思ったのは、いつからだったか。今はもう思い出せない。
それに憧れ、その恵みがなければ生きていけない。そう考えれば、あの人は俺の太陽に違いない。
まぶしくて見ることが叶わない。
近づけない、触れられない。
触れるコトが許されない。そう、思っていた。

汚れた自分と真逆の貴方。




触れた髪の先から、ふわり…と日の匂いがこぼれた。熱を吸った茶色の髪は、火傷しそうな熱さ。
指で優しくすくと、くすぐったそうに、身を縮こまらせる。
「熱い、ですね」
唇を髪に押し当てると、その人は袈厳そうな顔で髪に触れている部分全てを払おうとする。
「お前の所為で余計暑くなる。離せ」
睨まれた視線が切なくなり、俺は苦笑する。それでもその熱さに触れていたくて、指先は離せない。

一緒に居るだけで、微かに触れるだけで、俺の中が融かされる。身体の奥に灯が灯る。

「……離せ…」
声は諦めた響きになり、その身体は俺の腕の中に落ちる。
優しく抱きしめると、彼自身の甘い匂いと太陽特有の埃っぽさに似た匂いが鼻先に薫り、俺は自然と微笑み、抱きしめた腕に力を込めた。
「…熱くなってますね。身体も」
髪からそろそろと指先を下へとずらし、その首筋に触れる。途端、ひくりと背が跳ね、困惑したような瞳で見つめられる。
じわりと滲み出す汗が指に触れ、誘われるように、その首筋に口づけ、舌を這わす。
「ひ…やっ……」
怯えたような声が聞こえたが、構わずその汗を甜め取った。塩辛いその味に、満足する。
唇を離し顔を覗き込むと、潤んだ目で睨みつけられた。その表情に笑顔を返し、文句を言おうと開いた唇に己の唇を押し当てた。
「やめっ…」
悲鳴はくぐもった喉の奥へ押し込められる。
潤んだ瞳からは、もう、耐え切れず涙がこぼれていた。それでも、口づけを止められず、ただ貪欲に愛しい人の口内を愛撫する。

嫌なら逃げればいい。
この舌に噛み付いて、無理矢理俺を引き離せばいい。

俺の唾液と彼の唾液が混ざり、彼の飲み込めない容量になる。それは口角を伝い、ぽたり…と地面に吸い込まれた。
ゆっくりと唇を離すと、ぎゅっと自分の手を握りしめた彼が、哀しそうに口を開く。

「お前なんか、嫌いだ…」

小さな拒否の言葉。
何より強力な。

ツキン…と心臓が痛む。夏の暑さと関係ない、冷たい汗が頬を伝う。
じわり、と汗が影の中に落ちた。


太陽は、真っ直、自分を見下ろす。
貴方は、真っ直、俺を見る。
蔑すんだ瞳で。


汚れた欲望。汚れていた自分。
それを嫌う貴方。

太陽を独り占め出来る筈もないのに、手にいれたつもりになってた。
陽炎のように、ゆらり…と。俺の腕をすり抜ける。
手に居れていたのは、幻日。

どこか気がついていたのに。

真夏の太陽にくらむ、視界。

真夏の太陽に照らされた、淡い夢。
遠い現実。

それでも、触れた熱さを指先が覚えていて。
今でも、ちりちりと、身を焦がす。



ゲンジツ。

[end]


初稿0108。リリカルです。小説というよりが詩ですねー…。
訳わかんないと言われたので読み返してみたんですけど、全くですね(オイ)。
読んだまま、ゲンジツは、現実と幻日ってのをかけて…ま…ぐふ…(倒