距離


向かい合わせのまま、たった30センチ。
縮まらない距離に焦れて、そのネクタイを引く。
驚いた顔が近づき、俺は笑う。
その唇には触れない。
触れてはいけない。

俺のモノではない身体。
俺のモノではない心。

近づいた身体をただ抱きしめる。
柔らかく香る香水は、誰かと同じ。

俺のモノではないお前。

きちんと笑えていただろうか。
その笑みはどう映っただろうか。
幸福か自嘲か。

俺のモノにはならないとわかっているから、その体温を記憶するだけ。

好きだとも告げられず、ただ。
この関係を続けるだけ。

シャツ越しの体温は冷たく感じた。

熱いのは己だけ。
見透かされたような気がして。

抱きしめた腕を解けば、くすりと笑う。
「冗談」とかわされる、この関係を。

壊したいのか、壊せないのか。





[end]


…何年か前のモノを発掘。ポエムですね。
こういう雰囲気が好きで、あと暫く文章を書く気力がなかった頃のリハビリ作品。