風が吹く。
少しのび気味の髪を掻き回し、寒風に晒された耳を赤く染め。
息は白い。
天気予報通りに行けば、雪を見る可能性もある。
風が吹く。白い息が舞い上がる。

「すっげぇさみぃっ!」
どこか嬉しそうな声で彼が言う。
ふるりと頭は振り、その寒さを誤魔化す様に、払うように笑う。
「そう、ですね」
返す言葉を捜すが、適当なモノは思い浮かばず、安易な同意を零す。
「雪、降るかなぁ」
泣き笑いに似た、優しい声。幸せそうに見つめる、空。
「そう…です、ね」
空を見上げる横顔に視線を向け、先刻と同じ言葉を返す。
寒さに赤くなる掌に、一生懸命温かい息を吹きかけている姿が可愛らしくて。
零れて行く白い息を、手に入れたいと、微かに思い、自嘲気味に笑う。
「降れば、いいですね」
「…ん」
小さく頷く。視線は固定されたまま。足は止まっていて、手は口の前で。
「…大和?」
訝しげに問いかけると、ふわり、微笑まれる。
「降ってきた、みたい」
言葉を吐くとそれと共に白い息が舞い、それを視線で追いかけると、目の端に白い固まり。
「…雪」
バカみたいに、見たものをそのまま告げると、彼はにこにこと笑う。
「雪っ!すっげぇ、寒いと思ったらさー…やっぱ降るんだなー…」
嬉しそうな声。つられた様に頬に浮かぶ笑み。
「積もったら困るけど、ちょっと嬉しいよ、な」
同意を求めるその言葉に、俺はただ、頷く。
「嬉しいなー…」
白い息と共に吐かれる柔らかくあたたかい、その声。
後ろから冷えた身体を抱きしめると、くすりと笑みが返される。
「どした?」
「いえ…」
回した腕を緩く掴みながら、くすくすと笑う。理由を問うその声は、少し、甘い。
「寒いから…」
告げると、「そうだな」と、緩い返事だけが返され、俺は思わず、抱きしめる腕の力を強める。
刹那的な、その幸福に。

このまま、凍り付けばいいなんて。
全て覆い隠すように降ればいいなんて。
不意にそんな狂気じみた考えが浮かび、きつく唇を噛む。


「もっと、降ればいいのに」
見透かしたように、先輩の唇から漏れた言葉に、空を見上げる。
濁った空からは、最後の名残がゆるゆると降下した。

覆い隠せないと告げるように、急に降り止んだ雪。

うっすらとアスファルトに残る白を踏むと、すぐに靴の形に溶けていった。


[end]


初稿0302。甘切ないモノを書くのが好きです。冬の話は好きです。