足を閉じるのを阻止するように、間に割り込まれているそれが恨めしい。 睨み付けたくても、超満員の電車の中では顔を確認することもできない。 大和は、自分の息があがっているコトに気が付き唇を噛んだ。 満員の所為だけではなく、明らかにドアへときつく押しつけ、身動き出来ないようにしている自分の目の前の人間が憎くなる。しかし、ドアへと押しつけつつも、揺れに飲まれそうになる身体を支える優しさもあって、余計に腹が立つ。 守るようにドアに右手を付き、その腕の中に自分の身体をしまう。左手は腰にそえられ、己へと引き寄せようとする。 そして、電車の揺れを利用するかのように、足の間に入り込む相手の腿。 耳元で囁かれる声と吐息と、不意に強く押しつけられる腰の感触と、電車の微妙な振動で、大和の頬は次第に紅潮していく。 「…痴漢…かよ…」 気が付けば抱き合うような体勢になっていて、知らず近付いた真一の耳元で大和はそうつぶやく。 返事のかわりに、微かな笑い。 「…てめっ…」 罵声を浴びせかけようと口を開いた刹那、耳朶を触れる唇。柔らかな熱さに、大和は口をつぐむ。 変らず続く振動と、熱い唇。 ふと気が付くと、腰にそえられていた手は、ゆっくりと下へと移動していて。 「…し…ん…?」 おそるおそる声をかけるも、相変わらず返らぬ答え。なのに、容易に表情だけは想像できて。 きっと、にやりと笑ってる。 「しん…い…ち?」 もう一度声をかけると、答えのかわり指が触れる。腰から移動した手は、よりにもよって、内腿へ。 「っ…?!」 大和は悲鳴を飲み込んだ。敏感な部分をなぞるように指先は蠢く。どうにか阻止したくても、身動きのとれない状況ではどうにもならない。 「ぅ…ん……っ」 真一の肩口に顔を埋めるが、くぐもった喘ぎは真一の耳に届く。唇から吐息がこぼれる度に、くすりという笑いが耳元に降る。 「…く…っ……ぅ」 噛みしめた唇から、とめどなく洩れる熱い吐息。真一は満足そうに微笑むと、内腿から更に指を移動させ、敏感な部分をズボンの上から嫌という程弄ぶ。 「ちょっ…」 大和は顔を上げ、潤む瞳で真一を見た。そこにはやはり笑顔があって、一瞬脱力する。 「大丈夫ですか?」 くすくすと笑ったまま、口調だけは普通に真一はそう言う。しかし、相変わらず指先は大和を翻弄していた。 「だいじょ…うぶ…って」 お前の所為だろ、という言葉を飲み込みつつ、大和は真一を睨んだ。しかし、悪戯な指先に刺激され、その瞳は生理的にわく涙に濡れる。 「もうすぐ、駅だし、具合悪いなら降りたほうがいいでしょ?」 不自然な様子を正当化するような台詞を吐きながら、真一は少し大きな声でそう告げた。 その声に反応した幾人かの乗客の視線が、大和に刺さる。 それは、心配や迷惑や…"具合の悪い人間" を見やる視線だったが、車中での痴漢行為に反応した自分を見られたような気がして、大和は羞恥に顔を染めた。 「ほら、顔も赤いし。熱…あるかもしれないじゃないですか」 大和は、フォローなのか煽りなのかはわからない言葉を吐く真一の肩を、きつく掴むことしか出来なかった。 スピードの落ちる電車と、それに合わせて揺れる室内。密集した空間に注がれる電子音とこもったアナウンス。 鈍い音がして、ドアが開く。 真一は、大和の身体を抱き抱えるように外に出ると、大和の顔を覗き込んだ。 潤んだ瞳と、濡れた吐息で光る唇。 情事の最中と変らぬ表情している大和の耳元に唇を寄せると、小さな声で囁く。 「どうしたいですか?」 真一は、ひくりと震える大和の肩を抱き、大和と視線を合わせる。大和は、一瞬唇を噛み、告げようか告げまいかと悩むそぶりを見せたが、すぐに震える指で真一のコートの裾を掴み、無言のまま促す。 真一は微笑み、大和の肩を抱いたまま歩き出した。 [end]
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初稿0202。微改稿。 …しかし、まぁ…どうようもない話ですね…。駄目だよ、痴漢は。 |